外反母趾は、足の母趾(親趾(*1))が付け根の関節で小趾(*2)の方に曲がる(外反)病気です。最も多いケースとしては、女性がハイヒールを履く年頃から始まる外反母趾でしょう。 原因には、靴の他にも、遺伝や女性であることが挙げられていますが、性別や遺伝は変えられませんので、外反母趾の予防には靴が重要になってきます。 特に、親が外反母趾の女性は、外反母趾になり易い体質を持っているので、靴選びに注意して、予防を心がける必要があります。
*1 母趾、親趾…足のおやゆびのこと
*2 小趾…足のこゆびのこと
奇妙に聞こえるかもしれませんが、「母趾が外へ曲がる」から外反母趾になってしまいます。
当たり前だと怒らないでください。
病気としての外反母趾は「母趾が外へ曲がった状態」の際に生じる、「母趾を屈曲しようとする力」と、「足が靴の中で前に滑って趾先から押される力」の二つの力が引き起こします。
もちろん、母趾を屈曲せず、足を滑らせなければ外反母趾にはならないのですが、歩くときには踏み返しのために、どうしても母趾を屈曲せざるをえません。ですから「母趾を外側に曲げない」以外の予防法は無いのです。
実は普通の人でも、母趾は少し小趾の方に曲がっています(0~5度外反)。しかし、この程度であれば、歩く時に踏み返しをしても、先端から押されても、関節の抵抗力や回復力によって、外反変形は毎回、直ぐに元に戻ります。 もし1日1万歩あるいて、1万回母趾が曲がったとしても、元に戻り、実は変形は残らないのです。
ところが、靴先が三角形のファッショナブルな女性靴を履くと、靴の中で母趾は15度以上、時には30度近く外反してしまいます(図1)。
図1 同じ人が、短靴、パンプス、ハイヒールを履いて、撮影したX線写真。
ハイヒールを履くと母趾が大きく外に曲がっているのがわかります。
こうなっても、人間の関節の回復力は強いので目に見えて曲がっていく事はありません。しかし、完全に元に戻らなければ、それが積み上がっていきます。初めは元に戻りますが、いつかは回復力の限界を超えてしまいます。限界を超えれば、たとえ1回で100万分の1度しか変形が残らなくても、3年で10度、10年で30度、立派な外反母趾が完成してしまうのです。
恐ろしい事に、一度限界を超えると、曲がれば曲がるほど、関節の抵抗力や回復力は減弱し、逆に変形させる力は増強します。(図2) その上、数度の変形には気づかないので、数年は限界を超えた事が分かりません。ですから、痛くなって気づいた時には、予防しようとしても手遅れなのです。
図2:母趾を曲げようとする力(黄)が、母趾を実際に屈曲させるベクトル(緑)と母趾を外反するベクトル(赤)を生じる。
母趾外反角が大きくなると、母趾を屈曲する力は小さくなり、外反する力は大きくなる。
真っ直ぐな母趾は、素足の時に外反することはありません。だからといって、靴を履かずに歩く訳にはいきませんから、少しでも母趾を外側に曲げない靴を選ばなければなりません。母趾を外側に曲げない靴選びのポイントを2つ、ご紹介いたします。
1) 靴の先端が母趾側に寄っていて、履いた時に母趾が横から押されない。
2) 足が前に滑らない靴。ハイヒールはヒールが5cmまで、踵の前端と趾の付け根の関節の位置が靴のカーブに合っていて、ストラップがあり、中敷きが滑りにくい。パンプスは長すぎない、広すぎない。
外反母趾になるか、ならないかは、日々の変形が完全に回復するかどうかで決まります。では、変形が回復するかどうかは、どう決まるのでしょうか? それは「母趾にかかる力」「体質(なり易さと回復力)」「靴を履く時間」の3つの要素で決まります。ただし、外反母趾を予防しようとしても、「母趾にかかる力」は靴の外振れ角度とヒールの高さによって決まってしまいますし、「体質」は変えようがありません。ですから、母親や祖母が外反母趾の女性が、ファッショナブルなハイヒールを着用する際は、履く時間を短くし、回復するための時間を長くする事が大切なのです。
夜のデートを楽しむために、朝からハイヒールで満員電車に乗ったりしていませんか?(※隣の人の足を踏んづけるのは止めましょう。) 通勤にはおしゃれなスニーカーや、歩きやすいウォーキングシューズ、オフイスではシックなパンプスに履き替えると良いでしょう。そして、夜はおしゃれなハイヒールでデートを楽しんでください。 でも、お母さんやお祖母ちゃんが外反母趾の女性は、シンデレラと同じように早めにハイヒールは履き替えた方が良いかもしれません。そして、ウィークエンドは裸足になって足趾を運動させ、足を元に戻しましょう。 母趾が真っ直ぐで健康な人は、ハイヒールを履いたからといって、みんなが外反母趾になるわけではありません。しかし、外反母趾は知らない内に始まり、知らない内に進行してしまう病気です。そして、ある程度曲がってしまうと、ハイヒールを履かなくても、歩いているだけで悪化してしまうので、怖いのです。ですから、時と場所と状況を限定して、おしゃれな靴を楽しんでください。
日本靴医学会、日本足の外科学会 名誉会員
昭和45年:慶應義塾大学医学部卒業、整形外科医
平成11年:第13回日本靴医学会会長、第24回日本足の外科学会会長
平成11年:第20回国際足の外科学会副会長
平成20年まで:慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター・整形外科 教授
平成23年まで:日本靴医学会 理事長、日本足の外科学会 理事
研究分野:足の外科、外反母趾
主な著書:外反母趾を防ぐ・治す(講談社)、足のクリニック(南江堂)
主なテレビ出演:今日の健康(NHK2002/7/8、2006/3/1)、世界一受けたい授業
(日本テレビ2007/8/25)など