足根管症候群はともかく、前足根管症候群となると知らない整形外科医も少なくありません。何故そんな疾患を取り上げたかというと、靴に特徴的な機序によって発生するからです。 症状は第一水掻き部背側の疼痛や痺れで、そこには腫れも発赤も無く、圧痛も無いのが特徴です。原因が足の甲(第一、第二中足骨基部間)での深腓骨神経の圧迫で、その数センチ末梢に痺れが起こるので、医者も患者も原因と症状の関係が分からず悩みます。その上、神経は一度圧迫を受けて障害を起こすと、その後3~6週間は易損性と言って傷つき易い状態が続くので、一ヶ月に一度、靴で圧迫されると何ヶ月の症状は続きます。月に1度の圧迫が何ヶ月も症状を起こすとは考えませんし、忘れてしまうので、原因不明の痺れ、痛みとされてしまいます。 一番多いのは、紐のフォーマルシューズで、足の甲と靴の間で圧迫されるケースですから、男性にも少なくありません。第一水掻き部に原因不明の痛みがある人は、足の甲を趾先で軽く叩いてみてください。足先に響くようなポイントがあれば、前足根管症候群を考えてみましょう。数時間の圧迫で起こるので、一度痛んだら靴紐をきつく締めすぎないように、一ヶ月は気をつけてください。緩すぎる靴を靴紐できつく締めて履いている人は、摩擦も加わって起こしやすいことも要注意です。
開張足は、中足骨が扇状に開いた足の形態を言います。生来、足長に比べて足幅の狭い人、広い人がいて、靴のJIS規格には足幅(正確には足囲)としてA、B、C、D、E(標準)、2E、3E、4E 、F、G(男子のみ)の規格があり、足長に応じて足幅が決められています。開張足は病名としても使われていますが、症状(痛み)が無ければ治療の対象にはなりません。しかし、市販の靴を買うとなると2Eか3Eがほとんどで、それより広い人は母趾、小趾の側面が靴に押されて痛むので、病気として扱われる事も少なく有りません。加齢や外反母趾、PTTD(後脛骨筋腱機能不全)の症状として開張足が起こる時には、第2から第4の中足骨骨頭の低下が同時に起こります。前足部に荷重すれば全ての足に荷重がかかりますが、やはり主役は母趾、次いで小趾で、開張足で慣れない第2~4趾により荷重がかかるようになると、痛みます。これが中足骨骨頭部痛、いわゆるモルトン病の原因の一つになります。
偏平足は明治の昔から世間に知られた知られた病名ですが、実は開張足と同様、縦アーチの低い(中足骨の床面に対する角度が浅い)足の形態を示す用語に過ぎません。しかし、明治時代には、ドイツの整形外科外来を受診する足の患者の半数が偏平足とされた位、注目されていたので、足の諸悪の根源として偏平足が日本に紹介されました。それ以来、痛い、疲れやすい、長く歩けないに始まって、運動や知能が低下するとまで悪し様に言われてきました。しかし、垂直距骨などの先天性疾患や外反母趾、PTTDの症状としての偏平足をのぞけば、病気と言えるほどの症状を起こす偏平足はほとんど無いと言えます。世間で言う偏平足は外見上、土踏まずが無い状態を言いますが、医学的には舟状骨と床面との距離が低い物を状態を言います。普通は舟状骨の高さと土踏まずの有無は相関するのですが、乳幼児とスポーツマンは例外です。乳幼児には脂肪が、スポーツマンには発達した筋肉が土踏まずにあるので、舟状骨の高さが普通でも土踏まずは無くなります。適度なアーチサポートのある靴はフィット感や適度の圧迫感があり、武史のように気持ちが良いのは事実ですが、市販の靴に偏平足の矯正効果を期待するのには無理があります。
足底腱膜炎は踵骨棘とともに再建有名になった足の疾患です。足底腱膜は文字通り踵骨結節前縁と中足骨頭下の支持組織の間に張っている膜状の腱で、踵骨から中足骨に至る縦アーチを弓にたとえれば、それに張った弦の働きをしています。その為、歩行時踏み返しで趾を反らすと、弦が引っ張られ弓が引き絞られるように縦アーチが高まります。逆に、体重を掛けて縦アーチ(弓)を伸ばすと、相対的に弦は緊張し趾を曲げます。この様な作用を上手く使うと歩行の助けになりますが、それだけに酷使され傷むことも少なくありません。人生80年が当たり前になった最近では、耐久年数を越えたガス管のように踵を上げて足底腱膜を引っ張る度に痛む足底腱膜炎や踵骨棘を経験する人が増えました。踵を上げて踏み返すのは人間の二足歩行の最も重要な機能ですから、踏み返しに影響を与える靴底の硬さは歩き易さや快適さだけでなく、足底腱膜の健康にも影響するので、そこの硬い靴と返りの良い軟らかい底の靴を履き分けて下さい。
踵部脂肪褥炎は整形の先生にも耳慣れない病名です。だいたい褥(しとね)と言う言葉さえ死語に近いですが、辞書で見ると「布団」の事で、「褥創」の「褥」と言えば知っている人もいるでしょう。ですから踵の下に敷いた脂肪でできた布団が炎症を起こしたと言う病名です。 この踵の下に敷かれた脂肪は、メタボでお腹にたまった脂肪と全く違った構造と機能を持っています。脂肪組織はどこでも共通した脂肪細胞からできていますが、踵の脂肪細胞は繊維組織で仕切られた多数の区画(コンパートメント)中に収まり、受けた圧力を全体で支える構造をしています。その為、一般の脂肪組織が圧迫されると簡単に変形して潰れてしまうのに、踵の下の脂肪は全体として一個のゴムボールのように踵を支えます。しかし、年齢とともに脂肪細胞が減少すると、空気の抜けたゴムボールのように潰れていき、最後にはゴムとゴムが直接接触するようになり、踵の骨が床にゴツンと当たるようになります。こうなると、ぶつかって痛いばかりでなく炎症を起こして痛みが悪化します。これを防ぐには、踵の脂肪を変形させない様に靴の踵(腰回り)がしっかり踵を保持する靴を選び、踵の下に脂肪褥に似た物性のクッションを敷きましょう。
アキレス腱周囲炎は靴擦れと同じ所に起こる同じ様な傷害で、腱と皮膚の違いです。靴は踵がすっぽ抜けないように、踵骨結節の後上縁を押さえ込んでいるので、一歩一歩、踵の皮膚とアキレス腱は靴で擦られ、炎症を起こし痛みます。アキレス腱の付着角度は、ヒールが高くなればなるほど踵骨から離れる方向に増加し、靴の後縁に食い込むようになり、逆に低くなると踵骨に密着するようになります。実はアキレス腱の前方で踵骨と、後方で靴の後縁と擦れて炎症を起こすので、ヒールが高い方が良いのか低い方が良いのかは、一概に言えません。強いて言えば、靴擦れができる時は低め、踵が後ろに出っ張っている(ハグランド変形)人は高めが良いのですが、靴の後方の形状でも違うので、試行錯誤というのが本音です。こんなに科学が発達したのに、靴擦れのできない靴が出来ないのは残念です。
日本靴医学会、日本足の外科学会 名誉会員
昭和45年:慶應義塾大学医学部卒業、整形外科医
平成11年:第13回日本靴医学会会長、第24回日本足の外科学会会長
平成11年:第20回国際足の外科学会副会長
平成20年まで:慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター・整形外科 教授
平成23年まで:日本靴医学会 理事長、日本足の外科学会 理事
研究分野:足の外科、外反母趾
主な著書:外反母趾を防ぐ・治す(講談社)、足のクリニック(南江堂)
主なテレビ出演:今日の健康(NHK2002/7/8、2006/3/1)、世界一受けたい授業
(日本テレビ2007/8/25)など